さよならだけが人生だ
おばあちゃんお見舞いの記事を書いたその日、わたしは新潟にいました。
一番の目的は友達に会いに行くことでしたが、
自宅にいたくない気持ちもありました。
いろいろ他人様には言えない家庭内の事情ってのもあり、
まあ、現実逃避、ってやつです。
その中でも、やっぱり一番受け入れがたいことは、
おばあちゃんとのお別れが間近に迫っていることでした。
旅行中にふと思い出したフレーズ。
「さよならだけが人生だ」
それって、結局正しいんだろう。でも、それだけじゃないはず。
さよならがあるからこそ、「いま」を大事にすることができるんじゃないか。
四十路を半分もきて、やっとこんな青臭い結論に達したのでした。
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4月30日に会いに行ったときは、目やにをふいてあげ、
昔よく連れて行ってもらった飛鳥山公園の桜の写真を見せたところ、
昔のことを思い出したようで、いろいろ話してくれて本当に楽しかった。
「もう少しいましょうよ~」と何度も引きとめられましたが、
明らかに息を切らせていることが気になり、
「また来るからね」と約束してお別れしました。
そして、引越しの片づけをする気力がなかなかわかず、
うだうだと過ごしていた雨の日。
心肺停止の連絡が来たのでした。
タクシーを飛ばして駆けつけましたが、間に合いませんでした。
5月2日夜のことでした。
おばあちゃん、約束守れなくてごめん、たったひとりで行かせてごめん。。。
泣いてすがった体はまだほんのりと温かく、お肌はすべすべでした。
15年前に父が亡くなった時は、ガンでしたから心構えができました。
ですが、今回はあまりに唐突すぎて、悲しくてたくさん泣きました。
おばあちゃんは煙になって天に上って行きました。
96歳とは思えないほど、骨折したとは思えないほど、
たくさんのお骨が残りました。
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引越し作業をしながら、ふと思い立って
「さよならだけが人生だ」というフレーズの出典を調べてみました。
http://tempestyz.blog24.fc2.com/blog-entry-130.html
井伏鱒二の名訳にまた泣けました。
祖母は詩吟(漢詩に節をつけて歌うこと)が趣味でした。
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おばあちゃん。
わたしは、またおばあちゃんに会いたいよ。
たくさん、たくさん、ありがとうを言いたかったよ。
思い出せば、後悔ばかりです。
でも、きっと、おばあちゃんは見ていてくれる。きっと分かってくれている。
そう信じます。















